東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)121号 判決 1974年5月29日
原告
マラソン・マニユフアクチユアリング・カンパニー
右代表者
ドナルド・ピー・モエン
右訴訟代理人弁理士
北村欣一
外三名
被告
湯浅電池株式会社
右代表者
湯浅祐一
右訴訟代理人弁理士
酒井正美
主文
特許庁が、昭和四七年三月三一日、同庁昭和四一年審判第二、八一二号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、ソノトン・コーポレーションが一九五九年九月三〇日及び同年一二月一八日、米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三五年九月三〇日特許出願、昭和三九年一月二五日登録に係る特許第四一八、四八六号(発明の名称「アルカリ電池」)の権利を、昭和四六年五月一四日譲り受け、同年一〇月二二日、その取得の登録を受け、現にその権利者であるところ、被告は、昭和四一年四月二五日、本件特許権の特許請求の範囲2記載の発明の特許(以下「本件特許発明」という。)を無効にすることについて審判の請求をし、昭和四一年審判第二、八一二号事件として審理されたが、昭和四七年三月三一日、「本件特許発明は、無効とする。」との審決があり、その謄本は、同年六月一〇日原告に送達された(出訴期間として三か月附加)。
二 本件特許発明の要旨
電池組立体の細孔を満たすに足る僅か少量の電解液を保有する微多孔性セパレーターによつて互いに隔離された異極性の電極液を収容する金属筐体を有し、該筐体を少なくとも二個の互いに補足の金属筐体部分から構成し、これらを該筐体をその少量の電解液の蒸発を抑止させるべく冷却しつつ高温度における金属溶融により形成される気密金属接合により互いに接合したアルカリ電池において、前記電極板の一方に接続した露出金属端子片をこれを囲繞する高密度の無機質の絶縁体により前記金属筐体部分の一方に絶縁的に保持させ、該絶縁体を該端子片と外周の該筐体部分とに高温度において形成される溶融気密結合により接合させることを特徴とするアルカリ電池。
三 本件審決理由の要点
本件特許発明の要旨は前項掲記のとおりと認められるところ、米国特許第二、四七九、八七二号細明書(昭和二四年八月二三月特許)(以下「第一引用例」という。)には、内側シエルの平坦部に半田付けされた金属性はとめの中にワイヤー又はリードを通した絶縁性ガラス又はセラミツクを溶融させ、あるいは熱接合するコンデンサの端子部シール構造が記載されており、また、昭和三二年九月、電気通信研究所発行に係る「P・B・X用アルカリ電池」(以下「第二引用例」という。)には、注液及びガス抜き兼用の注液栓を有する蓋板を電槽に溶接封口したアルカリ電池が記載され、<以下省略>。
理由
(争いのない事実)
一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨及び本件審決理由の要点並びに第一引用例及び第二引用例が本件特許発明の優先権主張日前頒布に係る刊行物であり、その記載内容が本件審決認定のとおりであることは、いずれも本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二本件審決は、本件特許発明と第二引用例とを対比するに当たり、その認定に係る点のほかに、相違点があるところ、これを看過し、この点の判断を全く遺脱し、ひいて、本件特許発明をもつて、第一引用例及び第二引用例から容易に発明をすることができる程度のものとの誤つた判断をしたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 前記当事者間に争いのない本件特許発明の要旨と第二引用例の記載内容とを対比すると、両者は、その構成において、本件審決認定のとおり一致点及び相違点(これらの一致点及び相違点が存することは、当事者間に争いがない。)があるが、本件特許発明は、互いに補足の金属筐体部分を高温度において金属溶融して行う気密金属接合が、金属「筐体をその少量の電解液の蒸発を抑止させるべく冷却しつつ」行うことを必須の要件とするものである(この点が本件特許発明の構成要件に属することは、被告の認めるところである。)に対し、第二引用例がこの点の技術内容を欠くことは明らかであり(第二引用例によるも、叙上の技術思想を認めるに足りない。)、したがつて、本件特許発明は、金属溶融接合における叙上の冷却要件を必須の構成要件とする点において、第二引用例とその構成を異にするものというべきところ、本件審決は、この相違点を看過し、これに対する判断を全く遺脱したものであるが、これが結論に影響を及ぼすべきことは明らかであるから、この点において取消を免れないものといわざるをえない。
2 被告は、本件特許発明における叙上の冷却要件は、その表現形式からみて、公知事項であり、本件特許発明における特徴事項ではないから、対比する要がない旨主張する。しかし、特許請求の範囲の記載として、「……において」という表現形式の場合、「において」の前に記載された事項が、公知事項ないし上位概念を表示する場合の用語例として通常用いられることが多いということはいいうるとしても、常にそうであるとは限らないし、また、上記のような場合においても、当該部分が発明の前提要件をなしている場合には、その限りにおいて発明の対象ないし範囲を限定することとなるものであることは、いうまでもないところであるから、このような場合には、この部分を全く無視すべきではなく、右の部分をも含めて発明の要旨を定めるべきものと解すべきところ、本件特許発明の特許公報によると、本件特許発明は、併合出願に係るものであり、その特許請求の範囲(前示本件特許発明の要旨と同じ。)中冒頭から「に於て」までの記載部分は、本件特許権の特許請求の範囲1記載の発明(以下「特定発明」という。)そのものであり、叙上の冷却要件は、筐体と蓋体の頂壁との互いに嵌合した接合端縁を高温度で溶着する際、電解液の損失を防止することを目的とし、このため筐体の頂縁より下側の上部を係合囲繞する大きな金属製治具の開口内に定置保持し、治具を通して水等の冷却流体を循環させ、あるいはその上面で冷却流体を蒸発させることにより冷却するものであるから、特定発明における気密金属接合の構成内容をなすものであり、特定発明の必須要件を構成するものであることを認めるに十分である。しかして、叙上認定したところによると、本件特許発明の特許請求の範囲中冒頭から「に於て」までの記載部分は、本件特許発明の前提要件をなすものというべく、したがつて、その構成を考える場合、この冷却要件を無視することは、当を得ないものといわざるをえない。被告は、上記冷却要件は方法に関することであるところ、本件特許発明は物の発明であるから、要件として問題にするに足りない旨主張するが、右の冷却要件は、前認定により明らかなとおり、物の発明としての本件特許発明における筐体と蓋体との気密金属接合の重要な構成内容をなすものであり、もとより、その構成要件として問題にするに足りない程度のものとみることはできない。更に、被告は、溶接すべき物を冷却しつつ溶接する技術は、本件特許発明の優先権主張日当時において、極めて陳腐なものであつたから、構成要件として対比するまでもない旨主張する。しかし、本件特許発明における冷却要件は、単に溶接の進行につれ、治具が過熱されて冷却効果が失われるのを防止するとか、被溶接物にひずみを生ずるのを防止することとは、その目的及び効果を異にすること前認定の事実に徴し明らかであるから、前記冷却要件をもつて陳腐なものであるとか、構成要件として考慮に値しないとかいうことは全く理由のないことといわざるをえない。したがつて、被告の叙上の主張は、いずれも採用に値しない。なお、原告が審判手続において冷却要件について主張しなかつた以上、本件審決がこれを看過しても、非難しうべき限りでない旨の被告の主張は、特許庁における審判手続においては、職権主義を建前とし、審判官は、このような点については当事者の主張の有無にかかわりなく、適正な判断をすべき職務権限を有するものであることを無視したものであり、もとより採用しうべき限りではない。
(むすび)
三叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅正雄 武居二郎 秋吉稔弘)